メキシコ政治情勢(8月)

平成28年9月9日
〈概要〉
【内政】
・2日,ペニャ・ニエト大統領は,メキシコ電力公社(CFE)総裁に,ハイメ・フランシスコ・エルナンデス・マルティネス前CFE財務局長を任命した。
・9日付け英国「The Guardian」紙ウェブ版が,リベラ大統領夫人と公共入札企業の癒着疑惑を報じた。
・21日付けネットニュース「Aristegui Noticias」が,ペニャ・ニエト大統領の学位論文盗作疑惑を報じた。
・22日,新学期が開始されたが,教育労働者全国協議会(CNTE)が強い影響力を有するオアハカ州,チアパス州等一部の州で授業のボイコットが行われている。
・11日付け「レフォルマ」紙が報じた2016年8月時点のペニャ・ニエト大統領の一般回答者による支持率は23%,29日付け「エクセルシオール」紙が報じた同時点の同支持率は27%であった。
【外交】
・1日,ピーター・コスグローブ豪州連邦総督がメキシコを公式訪問した。
・2日,ルイス=マシュー外相がネバダ州ラスベガスを訪問した。
・26日,オラシオ・カルテス・パラグアイ大統領がメキシコを公式訪問した。
・31日,トランプ米大統領選挙共和党候補がメキシコを訪問した。
 
〈内政〉
1.エルナンデス・メキシコ電力公社(CFE)総裁の就任
(1)2日,ペニャ・ニエト大統領は,7月13日にオチョア前総裁が制度的革命党(PRI)の党首に就任するため辞任したことに伴い空席となっていたメキシコ電力公社(CFE)総裁に,ハイメ・フランシスコ・エルナンデス・マルティネス前CFE財務局長を任命した。
(2)エルナンデス新CFE総裁は,オチョア総裁が辞任後,CFEの臨時トップを務めてきた人物。同日,大統領府で就任宣言を行ったエルナンデス新CFE総裁は,ペニャ・ニエト政権によるエネルギー改革を引き続き推進していく旨述べた。
 
2.リベラ大統領夫人と公共入札企業の癒着疑惑に関する報道
9日付け英国「The Guardian」紙ウェブ版は,リベラ大統領夫人と公共入札企業の癒着疑惑に関し,概要以下の通り報じた。
(1)リベラ大統領は,フロリダ州マイアミ・ビーチ南部キー・ビスケーンに205万ドルの高級アパート「Ocean Tower One」を使用している。このアパートの所有者は「Grupo Pierdante」社であり,同社はメキシコにおける港湾事業案件の入札を予定している。
(2)「The Guardian」紙の調査によれば,キー・ビスケーンの高級アパート「Ocean Tower One」を巡り,リベラ大統領夫人と「Grupo Pierdante」社の間に不正な関係が指摘される。
(3)2014年11月に浮上したリベラ大統領夫人身所有の豪邸を巡る公共企業落札会社との癒着疑惑,通称「カサ・ブランカ」問題における疑惑払拭のために,リベラ大統領夫人は資産公開を行い,その中で,「Ocean Tower One」の304号室を2005年に購入した旨報告しているが,「Grupo Pierdante」社及び,同社創設者でメキシコ及び米国で広範囲のビジネスにおいて利益をあげているRicardo Pierdante氏に関しては言及していない。
(4)2009年,「Gurpo Pierdante」社は「Ocean Tower One」の404号室を,「Biscayne Ocean Holidings」社を介して購入した。同社は,この目的のために創設されたとみられている。それ以降,「Grupo Pierdante」社は404号室をリベラ大統領夫人に使用させている。また,リベラ大統領夫人所有の304号室と404号室は内部で通じており,実質的に一部屋として使用が可能である。
(5)2014年,「Gurpo Pierdante」社は404号室のみならず,リベラ大統領夫人名義となっている304号室の税の支払いも行っている。
(6)「The Guardian」紙が「Grupo Pierdante」社に電話取材を行ったところ,説明はなく電話は切られた。また,大統領府に電話でコメントを求めたところ,1回目は担当者が不在という理由で,2回目は大統領夫人所有財産に関する質問にはセキュリティ上の問題で回答できないとの理由でコメントを断られた。
(7)「The Guardian」紙が指摘するペニャ・ニエト政権と「Grupo Pierdante」社のつながりは「Ocean Tower One」を巡るものだけではない。2014年,炭化水素資源の調査を規制する国家炭化水素委員会は,Ricardo Pierdante氏の姉妹で弁護士であるAurora Pierdante氏に,エネルギー関連法に関するアドバイザー料として61,500米ドル相当を支払っている。同支払いは,Aurora Pierdante氏が,2011年(ペニャ・ニエト政権発足前)に,管理過失及び大型案件の契約手続きに係る違反でメキシコ石油公社(PEMEX)を解雇され,その後1年間,公共部門での活動を禁止されたに過去にもかかわらず行われている。
 
3.ペニャ・ニエト大統領の学位論文盗作疑惑報道
 21日付けネットニュース「Aristegui Noticias」が,ペニャ・ニエト大統領のパンアメリカン大学における学位論文には,全体の約29%の記述において盗作の疑惑がある旨報じた。同日,サンチェス大統領府広報官が記者会見を開き,指摘された問題に対し,引用の仕方に問題はあったものの,パンアメリカン大学が学位論文に求める要件は満たしており,同大学が学位を授与したことからも,盗作はなかったと同報道を否定した。
 
4.教育労働者全国協議会(CNTE)による教育改革への抗議活動
(1)22日,新学期が開始されたが,CNTEが強い影響力を有するオアハカ州,チアパス州等一部の州で授業のボイコットが行われている。同25日に教育省が発出したプレスリリースによると,オアハカ州では47.7%,チアパス州では37.16%の学校で授業が行われていない。その他の州では,ゲレロ州で0.5%,ミチョアカン州で2%の授業の行われていない学校の存在が報告されている。
(2)2013年9月に成立した教職員基本法(Ley del Servicio profesional Docente)では,1ヶ月に正当な理由なく3日職務を放棄した教職員は解雇されると定められている。25日,教育省はこの法的根拠に基づき,22日の新学期開始より3日以上にわたり授業ボイコットを行っている教職員44,486名を処罰する旨発表した。
(3)CNTEは7月以降途絶えている連邦政府との交渉を要求しているが,22日,ペニャ・ニエト大統領はCNTEに対し,授業に戻らない限り交渉の席は設けない旨CNTEに警告した。なお,同大統領が本問題に関し,直接CNTEにメッセージを送ったのは今回が初めてである。
 
5.世論調査:大統領支持率
 11日付け「レフォルマ」紙が,29日付け「エクセルシオール」紙が,それぞれ2016年8月時点のペニャ・ニエト大統領の支持率を発表した。
(1)「レフォルマ」紙世論調査結果概要
(ア)「レフォルマ」紙による世論調査における2016年8月時点のペニャ・ニエト大統領の一般回答者による支持率は23%(前回4月調査時の30%から7ポイント減),不支持率は74%(同66%から8ポイント増)であった。また,有識者による支持率は,18%(同22%から4ポイント減),不支持率は78%(同78%から4ポイント増)であった。
(イ)同紙による世論調査における一般回答者による支持率23%という数値は,前回4月の世論調査で記録した30%を下回り,過去最低の数値。
(ウ)ペニャ・ニエト政権の取組の中で評価が低い項目は,汚職対策10%,経済政策12%,貧困対策12%,犯罪組織対策13%という結果であった。
(エ)また,教育改革への評価が前回4月調査時より10ポイント減の25%と低下しており,今回の調査で質問事項に加えられた教師との関係については,評価するという回答者は16%に留まった。教育改革への強固な抗議活動により,市民生活,経済活動に多大な影響を与えているCNTEの問題が,ペニャ・ニエト大統領の支持率低下の一要因となったものと考えられる。
(2)「エクセルシオール」紙世論調査結果概要
(ア)「エクセルシオール」紙と当地世論調査会社「BGC」共同の世論調査における2016年8月時点のペニャ・ニエト大統領の支持率は27%(前回4月調査時の36%から9ポイント減),不支持率は69%(同61%から7ポイント増)であった。
(イ)同紙による世論調査における支持率27%という数値は,2015年5月の世論調査で記録した33%を下回り,過去最低の数値。
(ウ)ペニャ・ニエト政権における構造改革への評価としては,評価順に教育改革44%(前回4月調査時の57%から13ポイント減),通信改革32%(同47%から15ポイント減),エネルギー改革28%(同43%から15ポイント減),税制改革24%(同32%から8ポイント減)という結果であり,いずれの改革も前回4月の調査時より評価を落とす結果となった。構造改革への不満,失望がペニャ・ニエト大統領の支持率低下の要因として考えられる。
 
〈治安〉
1.ミチョアカン州における焼死体発見事件
(1)1日,前日7月31日にミチョアカン州クイツェオ市で10体の焼死体が発見された事件に関し,同州アルバロ・オブレゴン市のフアン・カルロス・アレイゲ市長(労働党所属),同市警察所長及び同市警察3名の計5名が逮捕された。
(2)1日,記者会見を開いたゴドイ同州検察長官は,7月29日,アルバロ・オブレゴン市の店舗にて,アレイゲ市長の指示を受けた市警察が被害者10名を拉致,その後殺害した上で遺体を焼却し,クイツェオ市の遺体発見現場に遺棄した旨説明した。また,ゴドイ検察長官は,被害者の一人であるルイス・アルベルト氏はアルバロ・オブレゴン市と取引のある業者であり,アレイゲ市長と何らかの理由で対立していた旨説明し,事件の背景に両者の対立があった可能性を示唆した。
 
2.地方自治体首長の殺害事件
 2日未明,プエブラ州サン・アグスティン・アウエウエトラの公道をウエウエトラン・エル・グランデ市の自宅に向け乗用車で走行中であったホセ・サンタマリア・サバラ市長(「市民運動」所属)が,何者かに銃撃を受け,殺害された。
 
〈外交〉
1.ピーター・コスグローブ豪州連邦総督の訪墨
 1日,ピーター・コスグローブ豪州連邦総督が墨豪外交関係樹立50周年の枠組みでメキシコを公式訪問し,国立宮殿において,ペニャ・ニエト大統領と首脳会談を行った。両首脳は,経済協力及び貿易の増加を目的とした二国間関係の見直しを行った。豪州連邦総督がメキシコを公式訪問するのは今回が初である
 
2.ルイス=マシュー外相のネバダ州訪問
 2日,ルイス=マシュー外相がネバダ州ラスベガスを訪問し,同州選出ダイナ・タイタス連邦下院議員及び同州議会議員と会談を行った。
 
3.オラシオ・カルテス・パラグアイ大統領の訪墨
(1)26日,ペニャ・ニエト大統領はメキシコを公式訪問中のオラシオ・カルテス・パラグアイ大統領と首脳会談を行った。両首脳は,二国間の更なる貿易及び投資の機会創出に向けた経済補完協定(Acuerdo de Complementacion Economica)締結に向けた交渉を開始することで合意した。
(2)共同記者会見におけるペニャ・ニエト大統領の発言概要
(ア)(経済補完協定により)二国間貿易において,より多くの品目に係る関税の引き下げが実現する。経済分野において,33年前より両国の経済関係を規定し,今日においてはもはや不十分である二国間の部分到達協定(Acuerdo de Alcance Parcial)を超え,より密接な二国間関係の構築が目指される。この10年間で二国間の貿易額は3,600万米ドルから2億2,400万米ドルに増加した。
(イ)パラグアイは大豆,牛肉,種等,世界における重要な農業生産国である。今日,メキシコはパラグアイと農業分野における関係拡大に向けた機会を有している。
(ウ)観光分野においては,相互の訪問者拡大に向けたプログラム及び両国の観光関連機関の協力促進にかかる合意に署名がされた。2015年,前年比22%増となる1万9千人以上のパラグアイ人がメキシコを訪問した。
(エ)外交,ジェンダー間の公正,社会保障,郵便サービス,文化・芸術財保護等にかかる二国間の協力に関する協定が署名された。
(オ)これらの合意は,パラグアイとメキシコの両国が,二国間の実りのある友好且つ戦略的関係をより強固なものとしていく意思を表すものである。
 
4.トランプ米大統領選挙共和党候補の訪墨
(1)トランプ米大統領選挙共和党候補訪墨までの経緯
(ア)30日19時37分,墨大統領府が公式ツイッターで,ペニャ・ニエト大統領が数日前にトランプ共和党候補及びヒラリー民主党候補をメキシコに招待した結果として,翌31日,トランプ候補が訪墨,ペニャ・ニエト大統領と会談する旨発表した。これに続き,ペニャ・ニエト大統領が自身のツィーターにて,31日,トランプ候補に会う旨認めるメッセージを発出した。トランプ候補側からも,31日,メキシコを訪問し,ペニャ・ニエト大統領に会う旨のメッセージが発出された。
(イ)複数の報道によると,トランプ候補側より墨大統領府に対し,ペニャ・ニエト大統領の招待に応じ,メキシコを訪問する旨,8月30日にコンタクトがあった模様。
(ウ)本件に関しては,「ワシントン・ポスト」等米国メディアが先んじて報じた。墨大統領府はメキシコのメディアに対し,トランプ候補の訪墨の可能性について否定してきたが,今般,「ワシントン・ポスト」紙等が同訪墨を報じたため,同訪墨を認めた。
(2)訪墨全体概要
(ア)トランプ共和党候補は,31日13時10分にメキシコ市国際空港の大統領ハンガーに到着,墨外務省関係者の出迎えを受けた後,ヘリでカンポ・マルテ基地に移動,その後,墨政府が用意した車両で大統領官邸に移動した。
(イ)ペニャ・ニエト大統領とトランプ候補は,14時頃より大統領官邸において非公式会談を1時間以上にわたり行った。非公式会談後,両者は15時06分より共同記者会見を行った。
(3)共同記者会見の概要
(ア)ペニャ・ニエト大統領の発言概要
(a)次期米国大統領は,二国間関係を強化するために共に取り組む隣国(メキシコ)を有することとなる。意見が一致しなかった点は多かったが,まさに今,トランプ候補がここにいることが示しているように,両国がそれぞれにとって極めて重要な国であることを確認し,トランプ候補との間で経済,治安等,二国間共通の課題に関し,オープン且つ建設的な対話を行うことができた。
(b)メキシコは,ドイツ,スペイン,フランス,イタリア,日本,英国の全ての国からの総額を超える額を,米国から輸入している。また,米国における600万人の雇用がメキシコとの貿易に依存しているものである。墨米両国は,北米地域から雇用が失われないよう協力していかなければならない。22年前に発効したNAFTAは,メキシコ及び米国にとって利益を与えるものであったが,今日の現実に沿った形で改定する必要がある。二国間の貿易において,一方が勝者,他方が敗者になってはならない。
(c)墨米国境をより安全なものにしなければならない。多くの米国人が国境を問題として認識しているが,10年前を最大として,メキシコから不法米国への移民は減少している。また,国境の問題に関して,現状認識が足りていない状況も存在している。他方で,米国からも多くの武器,現金が不法にメキシコに流入し,犯罪組織によって悪用されており,かかる状況を改善する必要がある。国境を保護することは国家にとっての権利であるが,両国治安当局が情報交換及び共同オペレーションを継続等、墨米両国が協力することにより,両国国境をより良いものとすることが可能であることをトランプ候補に伝えた。次期米国大統領は,北米地域をより安全な地域にするという責務に対し,メキシコ政府の継続した協力を得られる。
(d)どこに居住しているかを問わず,全てのメキシコ人を保護することが自分の責務である。米国在住メキシコ人は誠実であり,勤勉で,法を遵守する尊敬に値する市民である。メキシコ政府は米大統領選のプロセスを尊重し,相互尊重に基づいた建設的な対話を継続していく。
(イ)トランプ候補の発言概要
 私は多くのメキシコ人を雇用したことがあり,メキシコ人がいかに勤勉な国民かをよく知っている。また,米国におけるメキシコ系市民の貢献を高く評価し,メキシコ人を尊敬し愛着を持っている。米墨は2000マイルの国境を接し,年間3兆ドルの貿易があり,100万人の合法的な入国がある。また,両国は民主主義を共有し,自国民に対して強い愛情を持っている点でも共通点を有している。かかる認識の下,自分は今後両国間で次の5つの目標を達成できれば良いと考える。
(1)米墨両国間のみならず,中南や南米からのメキシコ及び米国への不法移民の流入を阻止しなければならない。これら不法移民は,犯罪組織の餌食となっており,かかる状況は人道上の問題と言える。
(2)両国相互の利益のために安全な国境を構築することが相互の利益に資するものであり,安全な国境を構築することは国家の権利である。我々は,不法な武器や麻薬の流入を防ぐために,両国間に物理的な壁を建設しなければならない。
(3)両国国境間で活動する犯罪組織(麻薬組織)を撲滅しなければならない。犯罪組織対策として,現在両国間で行われているインテリジェンスの分野での協力を継続する必要がある。
(4)22年前に発効されたNAFTAは現状に合わせて更新する必要がある。NAFTAは米国よりメキシコに対してはるかに利益があるものとなっている。NAFTAを(中国等との競争に対抗できる)北米地域からの産業の流出を防ぐことができるものへと改定する必要がある。
(5)北米地域の製造業の流出を防ぐ必要がある。これら産業が他の地域に移ることが,社会サービスや移民問題への大きな圧力となっている。
(ウ)記者からの質問
(トランプ候補の米墨間国境に壁を建設するという主張に関し,その費用は誰が支払うのかという趣旨の質問に対し)
(トランプ候補)壁については話を行ったが,その建設費用を誰が負担するかはついては話を行わなかった。
(ペニャ・ニエト大統領)今般,墨米二国間関係について意見交換を行うために,ヒラリー民主党候補,トランプ共和党候補の両候補をメキシコに招待したところ,トランプ候補から返事があり,今回のトランプ候補との会談が実現した。ヒラリー候補との会談も早く実現したいと思う。誤解又は不理解によるトランプ候補の大統領選における言説が,メキシコ人を傷つけたことは確かである。しかし,今般,同候補との対話の機会を設けたことは,相互尊重を前提とした対話により,より良い二国間関係を築いていくというメキシコ政府の意思表明である。